新生銀行 歴史
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日本長期信用銀行としてスタート
割引金融債「ワリチョー」や、利付金融債「リッチョー」、
「リッチョーワイド」といった長期信用債券を携え、 長銀
(ちょうぎん)の愛称で親しまれました。
高度経済成長期には産業金融の分野で一定の役割を
果たしましたが、重厚長大産業の資金調達が間接金融
から直接金融へシフトするにつれ、存立基盤が危うくなりました。
1971年から1989年まで頭取・会長を務めた杉浦敏介の下、
不動産 リース等、新興企業へ積極的な融資を推進しましたが、
バブル崩壊後に多額の不良債権を抱え込む結果となってしまいました。
※
イー・アイ・イー・インターナショナルに対し、債権3,800億円が焦げ付いた
ことは致命傷となり、1990年代後期より経営不安が噂されるようになりました。
1998年、スイス銀行(現UBS)との提携。これにより活路を見出そうとします。
しかし、証券子会社を乗っ取られ、逆に市場で長銀株を空売りされるなど、
局面を打開するには至りませんでした。その後、経営は迷走を続け長銀は
当事者能力を失い、政府主導で他行による救済合併が検討されます。
救済相手が「日債銀」「第一勧銀」と報じられる中、最終的に住友信託銀行
との合併が検討されます。 ところが、住信側は長銀の不良債権の規模から
救済を躊躇し、当時の小渕恵三首相まで住信社長の説得に乗り出します。
しかし住信は合併を了承しませんでした。
この合併破談により経営危機が深刻化し、最後に国による直接救済策が
検討され1998年10月、金融国会にて金融再生法他が成立します。 長銀は
直ちに破綻認定され、日本政府により一時国有化されました。
その後の資産査定の結果、債務超過であることが判明します。 その後の売却
にあたり、中央三井信託銀行グループ他との競争入札の末、2000年3月にアメリカ
の企業再生ファンド・リップルウッドや外国銀行らから成る投資組合「ニューLTCB
パートナーズ」に売却され、同年6月に「新生銀行」に改称しました。
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